会社員で副業をしている人は、その副業が
- 事業所得
- 雑所得
のどっちになるかで税金が変わります。
もし「事業所得」なら
- 副業が黒字→青色申告特別控除(最大65万円控除)が使える
- 副業が赤字→事業所得の赤字で給与所得の税金が減らせる(損益通算)
と節税ができます。
一方、「雑所得」なら
- 副業が黒字→青色申告特別控除は使えない
- 副業が赤字→損益通算はできない
となり、これだけ見ると、「事業所得にしたい!」と思ってしまいます。
しかし、事業所得か雑所得かの判断は税理士でも難しいところです。
過去の判例などから
「総合的に判断します!」
としているだけで、わかりやすい基準がありませんでした。
そんな中、令和4年8月1日に国税庁が所得税基本通達を改正する案についてパブリックコメントを出しました。
→「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(雑所得の例示等)に対する意見公募手続の実施について
パブリックコメントとは、通達などの改正をするときに広く意見を募集する手続きのことです。
つまり
「これからこういう改正をする予定だけど、もし何か言いたいことがあったら期限までに意見をちょうだいね」
というわけです。
意見募集期限は8月31日までとなっています。
その中でSNSで実務家の間で話題になったのが
「副業で収入金額300万円以下で特に理由がないなら、雑所得にしちゃってもいいよ」
という形式基準です。
通達というのは国税庁が税務署に対して出すものなので、納税者には本来関係ありません。
しかし、税務調査のときには税務署の調査官は当然、通達をもとに調査をするので「通達に書かれているとおり」にやります。
というわけで、実質的に通達のお墨付きをもとにダメだと言ってくるでしょう。
まだ「案」の段階ですが、国税庁は本気でやるのでほぼ確実に通ると考えます。
しかもこの案が通ると「令和4年以降」から対象になるので、今年です。
「令和4年も半年以上終わってるのに何やってくれるんだよ!」
とSNSでは怒りの声も。
では、変える背景と内容を見ていきましょう。
なぜ変えるのか?
パブリックコメントでは「改正の背景」を次のように書いています。
国税庁においては、シェアリングエコノミー等の「新分野の経済活動に係る所得」や「副業に係る所得」について、適正申告をしていただくための環境づくりに努めているところ、これらの所得については、所得区分の判定が難しいといった課題がありました。
しかし、これだけだとよくわからないのですが、税務大学校(国税庁の研修・研究機関)の論文を見てみると、次のようなものがあります。
事業に至らない程度とは、先に挙げた判断要素などを総合勘案して判断することになるのであるが、総合判断だけでは納税者の予測可能性の確保が困難だと考えられ、納税者における恣意性の混入と相俟って種々の問題が生ずるところである。そこで、納税者利便も考慮し、通達によって収入金額による形式な基準を導入することも必要ではないかと考える。
出典:柿原勝一 税務大学校研究部教授「所得税法における「業務」の範囲について」
つまり
「事業所得か雑所得かは、これまで通り、いろんなものを見て総合的に判断するよ。でも、例えば収入金額とかでわかりやすい基準を作ってもいいよね」
ということですね。
まるで「納税者のため」の話のように聞こえますが、実際には
- 納税者「うえぇぇぇえ(涙)」
- 税務署「これで調査をするときに雑所得にするお墨付きができるわ」
- 税理士「これで副業赤字で損益通算を使いたいと言われても断る口実ができるわ」
ということで、納税者以外の人が喜んでいる気がします。
どんな内容なのか?
前置きが長くなりましたが、改正案の内容です。
今回、1番ポイントになるのはこちらです。
事業所得と業務に係る雑所得の判定は、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定するのであるが、その所得がその者の主たる所得でなく、かつ、その所得に係る収入金額が300万円を超えない場合には、特に反証のない限り、業務に係る雑所得と取り扱って差し支えない。
出典:所得税基本通達35-2の注書き(案)
2つに分けてみます。
【大前提】
事業所得か雑所得は、総合的に判断する(社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定)。
この点は、昔からと変わっていないと考えます。
【新しい部分】
- メインの所得ではない(例:会社員の副業)
- 副業の売上が300万円以下
- 雑所得じゃないという証明がない
の3つを満たすなら、「それは雑所得でいいよね」という形式的な基準です。
もう少し具体的に見てみます。
1:メインの所得ではない
この形式基準のメインターゲットは「会社員の副業」です。
「メインの所得(主たる所得)」とは、一般的には会社員の本業の給料(給与所得)を想定していると考えられます。
そのため、次の人は無関係と考えます。
- 本業が事業所得しかない人(個人事業主・フリーランスの人)
- 専業主婦/主夫
ちなみに「新しい形式基準が当てはまらない」だけで、「総合的な判断」は残っています。
例えば専業主婦が行うせどりやポイ活が事業所得になるかどうかは、総合的な判断次第です。
2:副業の売上が300万円以下
今回、注目なのが「収入金額300万円」という金額基準です。
※収入金額は売上を含む収入全部のことです。
ここで悪い人は
「300万円なんて、仲間うちでぐるぐる仕事を回せば簡単に超えるじゃん! 楽勝!」
といわゆる「循環取引」を考えると思いますが、1番やったらアカンやつですね。
それでもSNSやオンラインサロンで循環取引の募集をする人は出てきそうです。
個人的にはせどりや転売なら300万円をクリアできるので、収入基準だけでなく「利益基準」も作るべきだと思いますが、「総合的な判断」は残るので、問題はあればそっちで潰してくることでしょう。
「売上300万円を超えたら事業所得」なんて一言も言ってないので、売上300万円を超えても雑所得になる場合は当然あり得ます。
あくまで通達案では「売上300万円以下だと原則雑所得」と、狭い範囲のことしか言っていません。
※不動産投資の家賃収入や地代は「不動産所得」という別の世界です。
3:雑所得じゃないという証明がない
会社員の副業で売上300万円以下なら即雑所得・・・というわけではありません。
「もし雑所得じゃないと言うなら、それを証明してよね」
という「反証」の余地があります。
がんばって証明できるかどうかは、自分がやっている事業の内容次第ですね。
たぶん会社員で副業をやっている人の多くは、「白旗をあげる」と思います。
※ふつう反証というのは「税務署側」がして、納税者側はしない(つまりふつうと逆)ので、個人的には不思議な書き方です。
影響1:無税入門(損益通算)が消える?
SNSで多くの人が指摘しているのが
「これで無税入門が消える」
というものです。
『無税入門』という本があります。
※ちなみに私はこの本に書いてあることには「ウソ」が含まれていると指摘する人もいます。
無税にする方法は、ざっくり次のような感じです。
- 会社員が副業で赤字を出す
- 事業所得として申告する
- 赤字を給与所得と損益通算する
- これと他の方法を合わせて無税に
ちなみにこの方法を実際にやって税務署から
「それ、雑所得なのでダメです~」
と言われて本来払う税金+ペナルティを払っている人たちもいます。
この方法は副業でちょこっと売上を出して、経費をドカンと出して赤字を作る方法だったので、今回の「売上300万円」という基準がきいてきます。
影響2:青色申告特別控除はどうなる?
無税入門は副業で「赤字」を出す方法でしたが、「黒字」の場合も影響があります。
それが事業所得で使える「青色申告特別控除」です。
最大65万円まで控除できますが、大前提は「事業所得」であることです。
雑所得になったら使えません。
「副業の赤字で給与所得と損益通算の方が問題だ!」
という意見がSNSでは多いので、こちらはあまり影響がないかもしれません。
しかし、例えば会社員で
- 売上 80万円
- 必要経費 ▲15万円
- 青色申告特別控除 ▲65万円
- 事業所得 0円
ってやってる人がいますが、これは事業所得でいいのでしょうか?
「今でも会社員の副業は基本、雑所得が正解で、青色申告特別控除が使えるのはたまたま税務署に見逃されてるだけ」
という税理士の指摘も、昔からよく見かけるところです。
今回の「売上300万円」基準が導入されれば、自主的に雑所得にしてやめる人が増えそうです。
いつから影響がある?
最初に書いたように「令和4年から」です。
これはつまり、「今年」からです。
来年3月15日までに確定申告するときにまた大騒ぎになりそうです。
売上が300万円ない人は、残り5か月でがんばれってことなんでしょうか。
鬼ですね。
ただ、逆に言えば「令和3年以前」についてはさかのぼらない(遡及適用しない)とも読めますが、「総合的な判断」で雑所得だと見られる余地はあるので、安泰ではありません。
最後に
長くなりましたが、最後に税務大学校の論文の一部を引用します。
そこで、「事業から生じたと認められない所得で雑所得に該当するもの」が例示されている所得税基本通達35-2に、「事業に至らない程度とは、社会通念上事業として認められるかどうかの判断要素などを総合勘案して判断するのであるが、他に主たる所得があり、過去3年間のうち、収入金額が300万円を超える年がない場合には、雑所得を生ずべき業務に係る雑所得に該当すると取り扱って差し支えない。」との形式基準を入れて納税者の予測可能性を確保してはどうかと考える。
出典:柿原勝一 税務大学校研究部教授「所得税法における「業務」の範囲について」
なお、過去3年間としたのは、開業初年度は、収入金額が低くなることへの配慮である。
実はこの論文と今回の通達案には違いがあります。
それが「過去3年間」で見るかどうかです。
先に出た論文では
「過去3年の間に1回も売上300万円を超えてなかったら、まあ雑所得だよね」
とありますが、通達には「過去3年間」という言葉はありません。
論文ではその理由として「開業初年度への配慮」を書いています。
個人的には気になるところです。
ただ、税務調査ではふつう「過去3年分」を見るので、その中でここに判断すればいいから、あえて書かなかったのでは、というのが私の考えです。
パブリックコメントは8月31日まで受け付けているので、意見がある人は、ぜひサイトの下の方から提出してください。
→「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(雑所得の例示等)に対する意見公募手続の実施について